2013年2月14日木曜日

CL決勝トーナメント1回戦 レアル・マドリー対マンチェスターU(データ)

・マンチェスターU、欧州カップ戦決勝トーナメントの第1戦をアウェイで戦い、引き分け以上の成績を収めた場合、過去19回中17回の確率(89%)で次のラウンドへの勝ち抜けを決めている。

・マンチェスターU、欧州カップ戦決勝トーナメントの第1戦をアウェイで戦い、「1-1」のスコアだった場合、過去4回すべてで勝ち抜けを決めている。

・レアル・マドリー、欧州カップ戦決勝トーナメントの第1戦をホームで戦い、「1-1」のスコアだった場合、過去4回すべてで敗退を喫している。また、いずれもノーゴール。

・モウリーニョ監督、欧州カップ戦決勝トーナメントの第1戦をホームで戦い、、「1-1」のスコアだった場合、たった1度しか勝ち抜けられていない。(06/07:CLのバレンシア戦)

・これまでの欧州カップ戦決勝トーナメントで、第1戦を「1-1」で終えた過去685試合のうち、第2戦をアウェイで戦ったチームが勝ち抜けを決めたのは、174試合。その割合、25%。


・モウリーニョ対ファーガソンの通算対戦成績。 モウリーニョ:6勝、ファーガソン:2勝、引き分け:7

・ディエゴ・ロペスは、ビジャレアル時代にマンUと2度対戦し、1失点も許してなかった。というわけで、今回、マンU戦初失点。

・一方、デヘアは、アトレティコ・マドリー時代にレアル・マドリーと5度対戦し、全敗していた。というわけで、今回、初の勝ち点獲得。

・そのデヘアは、この試合で6回のセーブ回数を記録。CLの試合では、自身最多記録。

・レアル・マドリー、今大会のCL、セットプレーから3失点目(全10失点)。一方、リーガではここまでセットプレーから5失点(全22失点)。うち、ヘディングでの失点は3失点。

・マンチェスターU、パス成功率(66%)は今大会のCL最低の記録。

・この日、ケディラはチームトップの決定機を演出。計5回。

http://www.marca.com/blogs/profesor-doc/2013/02/12/los-octavos-de-final-de-la-liga-de.html
http://www.bbc.co.uk/sport/0/football/21348206
https://twitter.com/OptaJose
https://twitter.com/2010MisterChip


■おまけ■
世界最高峰の舞台を観戦に訪れた各有名人たち

・”サー”・ボビー・ロブソン



・パコ・ヘメス(ラージョ監督)





2013年2月11日月曜日

左足の魔術師、フラン(元デポルティーボ)

”スーペル・デポル”と呼ばれ、欧州を席巻した田舎クラブ、デポルティーボ・ラ・コルーニャ。
当時、背番号「10」を背負い、左サイドからの正確なクロスでチャンスを演出してきたフランシスコ・ハビエル・ゴンサレス・ペレス、通称”フラン”がスペイン紙『AS』のインタビューに答えている。


―あなたがデビューして、25年が経ちました。
あっという間だね。僕がデポルでそうだったように、幸せで快適な時間を過ごしていれば、一瞬にして時は経つもんだ。全てがまるで昨日のようなことだよ・・・・

―(トップデビューとなった)ブルゴス戦のことは覚えていますか?
試合のことはそれほど記憶にないけど、緊張していたことは覚えている。
試合中もうダメだと思ったときいはあったけど、フィジカル的なことではなくて、気持ちの面でのことだった。

―キャリアで記憶に残っていることは?
良い思い出も、悪い思い出も、いずれも忘れられないものがある。
まずは、1部昇格したことだ。でも、数年後には最終節で優勝を逃したこともあった。
その後は、コパの優勝、リーガの優勝、そして100周年記念といろいろあったね。
CLでミランに4-0で勝ち、大逆転で勝ち抜けを決めたこともあった、あれは永遠に記録に残るだろうね。
とはいえ、他にもある。アーセナル戦ではキャリア最高のプレーができた。彼らにフットボールの洗礼を浴びせてやったね。そして、ドイツでは、バイエルンのホームで初めて勝ったスペインのチームにもなった。

―キャリアを振り返ってみれば、栄光の連続だったと言えますが。
1部に昇格した直後、デポルがこんなことになるなんて、誰も予想してなかった。
デポルのクラブ史上最高の時代に携われたという運もあった。
何シーズンかの辛い時期を除けば、その他は最高の思い出ばかりだ。

―あなたは6つのタイトルを獲得しました。これは、多い?少ない?
引退して、そのキャリアを振り返ってみれば、それは驚くべきことだよ。
ただ一方で、CLを戦っていた時代には、もっとタイトルを獲得できたと思うし、それだけのポテンシャルがあったはずさ。
リーガで1度、コパで2度、スーパルコパで3度。
今思えば、もっと取れたような気もする。

―アルセニオ時代のスーペルデポルをどう評価する?
全部が夢のようだったし、新たな経験だった。
降格すれすれのチームが、その後3年連続でバルサやマドリーとタイトルを争うチームになったんだからね。タイトルは取れなかったけど、最も輝かしい時代だった。もちろん、僕はその後タイトルに恵まれることになったけどね。

―そして、イルレタ時代がやってきました。
当時のチームは、スーペルデポルの時もチームのまとまりに特徴があった。メンバーも全く別物だった。代表選手やトップレベルの選手たちでチームが構成されていたから、上位を争うのもずっと簡単だった。

―引退の時のことを振り返ってくれる?
35歳になった時、若い選手たちの突き上げを感じて、引退のことをうっすら考えたんだ。
そして36歳でスパイクを脱いだんだけど、実際そのシーズン、僕はスタメンフル出場する試合がたくさんあった。その年齢にも関わらずね。まだまだ出来そうだったんだ。でも、怪我やその他の理由で、これ以上体にムチ打つのは止めようと決めたんだ。

―今のデポルにとっては、その姿を見るのは難しいですね。
僕はさながら、映画の『ラスト・オブ・モヒカン』のようだった。
フットボールにおける最後のロマンだった。
マドリーやバルサに移籍できたが、この素晴らしいチームに愛情を注いでくれるファンの前でプレーする方を選んだんだ。そういう意味でクラブ残留したのは、僕が最後かもしれない。
今はもう、そういうわけにはいかないからね。

―他のチームへ移籍しようと全く思わなかったのですか?
フットボール観点からいえば、全くだ。
僕らは、十分他のチームと張り合っていたからね。
他のクラブでプレーしていたらどうか、というのは分からない。
分かっているのは、デポルでとても幸せだったということだ。

―デポルが、倒産法を適用しました。どう思われますか?
今後の成り行きを見守ることだ。管財人が決めていくことだ。
これから数年先は、厳しい未来が待ち受けている。
セルタのように、借金を減らし、危機を脱しようとしているセルタのように、多くのクラブが苦しんでいるのを知っている。そして、デポルの財政状況は誰もが知るところだ。
将来のためには、1部残留が不可欠だ。収入、とりわけテレビ放映権を手に入れるうえでね。

―話を元に戻しましょう。背番号「10」を背負うのは重荷でしたか?
まったくそんなことはなかった。
おそらく、13歳からその番号を身につけてきたからだろうね。
今はもう、「10番」が持つ意味は少なくなったけど、僕が現役のころは価値があったからね。
器用で、試合を決定づけられる選手がつける番号だった。
とはいっても、それほど深刻に考えてはいなかったよ。

―では、チームメイトの話を。誰とのプレーが最も楽しかった?
いろんな選手がいたね。リストを作ると、とても長くなるよ。
デポルでは、とても素晴らしい選手たちと接する運を手にすることができた。
例えば、(現バジャドリー監督の)ジュキッチ。
ピッチ上での振る舞いはとても素晴らしかったし、僕らは親友でもあった。
さらに、ジャウミーニャもそうだ。
そして、試合だけでなく、練習でもキャリアを満喫していたよ。練習するのも好きだったんだ。
デポルにいた18年で、練習に遅刻したことは一度もない。
僕は本当に恵まれていた。好きなことをやれたし、子供のころの夢をかなえることができたんだからね。
もう少し長くできたかもしれない。でも、年には勝てないね。

―ライバルは?
特別にはいなかった。
最も試合を楽しみにしていたのは、マドリーとバルサとの試合。次にセルタだ。
マドリーが何年もリアソールで勝てないのを見てきたからね。

―どの監督から最も多くのことを学んだ?
あらゆる監督から少しずつ吸収していったよ。
まずは、ルイス・ウチャ。ユース時代の監督だね。僕がトップレベルに行くための基礎を作った人だ。
そして、ロドリゲス・バス。デポルのトップチームの監督を率いて、なおかつユースから5人のカンテラーノを引き上げたのは、相当な勇気がいったはず。僕をデビューに導いてくれた監督で、それからずっと重宝してくれた。
その後、アルセニオが監督に就任した。
僕を継続的に使ってくれた監督だ。周りからは、ベテランしか起用しないと言われていたけどね。
アルセニオのもとで、僕は経験を積んでいった。そして、イルレタ。彼のもとで、僕らはリーガ優勝を成し遂げた。

―では、最も言い合った監督は?
ファンからだけでけなく、監督からも大事になれたはずだ。
ただ、あえてあげるなら、トシャックだろう。
凄くプレッシャーをかけられていた。記者会見での発言が大きなプレッシャーを生んでいた。
その理由を理解するのには、多くの時間を必要とした。
ただ、引退して彼と会ったときに、話をしたけど、それまでにはなかった好印象を感じたけどね。

―あなたは選手を退きましたが、その才能は受け継がれているようです。
そうだね。僕の息子、ニコラスがいるからね。
彼の前には、自分の好きなようにできる未来がある。
父親がいたからではなく、その年齢で十分素晴らしい才能を持っているんだ。
フィジカルは圧巻だし、僕がその年齢であったころよりも急激にリズムを変えられるんだ。
全ての能力を持っている。でも、今は何よりいろんなことを吸収することが大事な時だ。

―ただ、興味深いのは右利きだということです。
大したことではないけど、興味深いね。
僕の兄の息子は左利きだけど、僕の息子は右利きだ。
どちらも父親と全く逆足が効き足なんだ。

―息子さんは、今年、レアル・マドリーかバルセロナに移籍しますか?
どちらも、その動向を追っている。
実際に見に来ているし、大会への出場を誘いにきている。
私よりもそのポテンシャルを見出しているようだ。まだ何も決まっているわけではないけどね。


http://futbol.as.com/futbol/2013/02/10/primera/1360453260_943676.html


















































2013年2月7日木曜日

メッシ、今日、ここ8年で6回目の契約延長へ

メッシは今日、バルセロナとの契約更新にサインをする予定。
ここ8年で6回目の契約更新となるう。
今回の更新で、契約期間は2018年夏まで、年棒は1100万ユーロとなる。
しかし、今回、クラブが希望した契約違約金のアップは望まず、2億5000万ユーロのままで据え置きとなった。

以下、これまでの契約更新を時系列に・・・

1:2005年6月。U20世界選手権を優勝した直後のこと。
2:2005年9月。ガンペール杯でユヴェントスと戦った直後。契約内容の改善のみ。
3:2007年1月。2014年夏までの延長により、契約違約金は1億5000万ユーロに。
4:2007年6月。ロナウジーニョが退団した後、契約内容の改善のみ。
5:2009年9月。2016年夏までの延長により、契約違約金は現在の2億5000万ユーロに。

http://futbol.as.com/futbol/2013/02/06/primera/1360185097_225565.html


スペイン代表対ウルグアイ代表(データ)

・2ゴールのペドロは、12/13の代表戦ゴールをこれで「9」とした。代表通算10、11ゴール目。

・この試合、バルセロナ所属の選手9人がピッチに立った。代表史上、1クラブから9人のメンバーが出場するのは、初めてのこと。(バルデス、プジョル、J・アルバ、ブスケッツ、イニエスタ、ペドロ、セスク、ピケ、ビジャ)

・ちなみに、2010年W杯決勝オランダ戦では、バルセロナから7人が出場。(ピケ、プジョル、ブスケッツ、ビジャ、イニエスタ、チャビ、ペドロ)

・アスピリクエタ、イスコ、マリオ・スアレスがフル代表デビュー。それぞれ、デルボスケ体制29、30、31人目の代表デビュー。

・デルボスケ監督、ラディスラオ・クバラ代表監督(1969-1980)が持つ代表最多指揮数に並んだ。通算68試合で、57勝5分6敗。170得点45失点。(勝率83,82%

・プジョル、代表史上7人目の100キャップを達成。 カシージャス (143), スビサレッタ (126), チャビ (119), シャビ・アロンソ (106), ラウール (102)、フェルナンド・トーレス (101)、プジョル(100)

・スペイン代表史上、初めてのカタールでの試合。

http://www.marca.com/blogs/profesor-doc/2013/02/06/el-profesor-doc-tambien-con-la-seleccion.html

2013年1月20日日曜日

高校サッカー選手権  総括

今日で終わった高校サッカー選手権。
例年になく、スタジアム観戦をすることができたので、
雑感をここにつづっていきたいと思う。

■修徳高校×鳴門
東京の高校相手に、我が出身県の鳴門は、”応援力”の差で圧倒されていた。
そして、ピッチ上でもポテンシャルの差は明らかだった。
しかし、昨年に見た高校よりも、
ールを持つべき時×離すべき時のタイミングが
向上しているような印象を受けたのは良かった。
ただし、四国という地理的要員がもたらす、タレント総力の差は埋めがたい。
年々全国レベルからは遠ざかっているのは、気のせいか。

■野洲×青森山田
「対照的なスタイルが衝突した」という意味では、
僕が観戦したなかでは、最も興味深い試合だった。
「試合経過があっという間」という試合。
ほとんどハーフウェイラインから5m前後?という、
極端に高い最終ラインを敷いた青森山田と、
高密度なパス&ドリブルで掻い潜ろうとする野洲との戦いは飽きることはなかった。
もっとも、野洲のサッカーは評価の別れるものだったのだろう。
一部識者は、天皇杯でも敗れたG大阪と並べて、
「ポゼッションの意味」を論じていたし、「スペースの意識」という観点でも
”サッカーの常識”からすれば、”突っ込んでいる”だけにしか見えなかった。
実際、前半の彼らは魅せるだけのサーカス的なサッカーをやっていた。
ただ、青森山田GKが負傷した際の中断を経て、
スペースを攻略していく(おそらく)通常のサッカーが形を見せていたように思う。
あのプレスの中でも、前にボールを運ぶ姿勢を見せたのは評価されるべきだろうし、
それは、今の日本サッカーがトップレベルとぶつかった際に
明らかになる弱点でもある。
一方で、それが、”あえて”守備網に突っ込んでいく自爆となったとも解釈はできるが。
ただ、初戦ゆえの固さもあったかもしれない。
もしも、あの1試合を勝っていれば、
チームとしての総合力では十分な力を見せていただけに
上位進出は間違いなかったような気がする。
目指す方向はかなり特異だとは思うが、面白いのは確か。


■滝川第二×作陽
チーム力が点差に如実に反映された試合だった。
高校サッカーでは常連の2校だったが、その差は歴然だった。
その年での選手の質に大きく左右されるだけに、
滝川第二は”その年”ではなかったのだろう。

■立正大湘南×旭川実
旭川実は、実は昨年も1回戦の試合を見ていたのだが、
DFラインと中盤のブロック、そしてビルドアップの基礎技術の高さは目についた。
監督?チーム?のやりたい方向性がしっかりと消化されているチームだと思った。
立正大湘南は、試合前にチームマフラーを販売していたのが、印象に残っている。
母校以外の特定の高校へのファン意識というのもなかなか、面白いのかもしれない。

■桐光×作陽
青森山田と同ベクトルの桐光には少なからず注目していた。
というのは、昨年のプリンスリーグ関東1部で
FC東京U18、柏レイソルU18という強豪を抑えて1位に輝いていたから。
ポゼッションスタイルを目指すチームが多いなかを
勝ち抜いてきた組織力を見てみたいと。
実際、約束事を選手全員が意思統一しながら、プレーしている姿は
プロ並みの規律の高さを感じた。
アバウトな部分が目につく高校サッカーでは、
ある意味異質だったように思う。
中盤4人もそれぞれ個性が異なり、それがチームという組織を潤滑に動かしている姿には好印象を抱いた。
一方、作陽も滝川第二戦とは違って、
サイドのスペースをうまく使った大きな展開を見せた良いサッカーをしていた。
この大会で初めて、”サッカーらしいサッカー”を見たと思った。
(おそらく)あえて、純粋なCFを置かずに地上戦を挑んだのも、明確な狙いがあったのだろう。
最後の交代は、十分な”予感”があっただけに残念。
タラレバに過ぎないが、マイボールになるまでは交代をしてはいけなかったということだ。

■帝京長岡×京都橘
試合を見るまでは、あまり実情を知らないチーム同士の対戦だったが、
こちらも面白い試合だった。
京都橘の2得点までは一方的な展開になるかと思ったが、
以降の帝京長岡が見せたサッカーは、”質の高さ”で言えば、
今大会観たなかでは、ダントツに1番だった。
特に、小塚くんのプレーには目を奪われた。
ボールを置く位置、視野の確保、プレーの選択、キックの正確性は
間違いなく高校レベルを逸し、”将来性”という意味でも
見ているこちらをワクワクさせてくれた。
そして、4-3-3?を使うチームとして、両サイドを大きく使うサッカーは、
この前の試合、作陽と同じく、魅力的。
試合を見る中で、評価が大きく変化した高校だった。

■星陵×鵬翔
鵬翔は”守備のチーム”と思っていたが、
1人1人の技術レベルの高さを見て、高校サッカーの水準が年々高まっていることを実感。
突き放される度に追いつく、”不思議な力”を持ったチームだと。

■京都橘×桐光
正直言って、桐光にはガッカリだった。
国立に飲まれた、それが最大の要因だったらしい。
もちろん、京都橘からボールを「持たされた」ことが、
チームの良さを消してしまっていた面があるとは思うが・・・。
あれだけなすすべなく負けてしまう、何より内容のない試合になってしまったのには
あらぬ妄想(1週間の間にチーム崩壊?)まで起こさせるほど。
とはいえ、もともと、前線のタレントで一種の限界が見えていたのも確かだった。
松井くん次第!?のところも、大いにあった。
チーム力+個人能力というところで比較したときに、
2トップという最大の武器を持っていた京都橘の方に軍配があがったのだろう。
用意周到に戦った京都橘が、試合のなかでも成長を遂げていたところも印象的だった。

■鵬翔×京都橘
テクニック志向、戦術志向、そして没個性などが声高に叫ばれるなか、
鵬翔が見せた気持ちの強さ、また京都橘が持つチームとしての確固たるスタイルの確かさは、
とても大きな価値があると感じる。
サッカーにとって大事な、正確に強く蹴れること、そして次のプレーを考えたトラップが出来ること。
この2つのレベルが総合的に高かったチームが最高の舞台で最高の戦いを見せた。

■総括
・スター不在と言われるが、確実に底上げは図られており、この傾向が数年続けば自然現象的に相応のスターは生まれてくるのでは?
・「スター+10人」という見方自体が、そもそも古い考え方なのでは?
・バルセロナを筆頭とするポゼッションサッカー志向の高まりと、対照的な結果の因果関係は?
・なぜ、キックオフと同時にわざわざ相手へとボールをプレゼントするように、ロングキックを蹴るのか?
・ゴール前以外で、競り合わないシーンが目についた。高校レベルでは、2タッチ目でのボール奪取も有効かもしれないが、それでは空中戦に強い選手は育たないのでは?
・ロッカールームの涙を、キラーコンテンツにするテレビ局サイドの意図はこのままでいいのか?


2013年1月4日金曜日

リーガ 冬の移籍市場まとめ 01

・A・マドリーのサイドバック、シルビオがメディカルチェックをパスし、デポルティーボへシーズン終了までレンタル移籍することがまもなく決定か。
シルビオは、先日、新たに監督に就任した同胞のドミンゴス・パシエンシアのもとで再起を図る。
ちなみに、2人は10/11シーズンのELで準優勝したブラガで、師弟関係にあった。

・国内の経済危機で「獲得」<「放出」が絶えないことが予想なれるなか、セビージャが先陣を切って、新たな選手を獲得。
セルビアスーパーリーグで4位につけるヴォイヴォディナから、ボスニアヘルチェゴビナ代表MFミロスラフ・ステヴァノヴィッチ(22歳)だ。
中盤の攻撃的なポジションならどこでもこなせる柔軟性を持つが、最も得意とするのは右サイド。
年末、1500万ユーロの赤字を計上したことを発表したばかりのセビージャは、今季ここまでヴォイヴォディナで公式戦19試合3ゴールを挙げている同選手を、130万ユーロで確保した。
一時の勢いが風化しつつあるセビージャだが、「安価に獲得→高額で売却」の振る舞いかたは変わっていない。
ただし、クラブの厳しい財政事情を受けて、ネグレドorヘスス・ナバス売却を迫られている状況を踏まえたうえでの獲得との見方が強い。

・セルタは、フランクフルトからシーズン終了までのレンタルで、DFヴァディム・デミドフ(26歳)を獲得。
クラブは左足前十字靭帯を断裂し、シーズン絶望となったサムエル・ロルカの代役を探していた。
なお、同選手は10/11冬~11/12終了までR・ソシエダに在籍。
昨夏、フランクフルトに移籍していたが、わずか半年でリーガに復帰した。
http://deportes.elpais.com/deportes/2013/01/02/actualidad/1357126034_409797.html

・シルビオの放出が確実となったA・マドリーは、左サイドバックを探しており、昨夏も獲得に動いたグラナダのシケイラに触手を伸ばしている。
同ポジションのレギュラー、フェリペ・ルイスは現在筋肉系に怪我を抱えており、また代役として昨夏獲得したドミンゴ・シスマはシメオネ監督を納得させるプレーを見せていない。
とはいえ、昨夏にグラナダとの契約を2017年夏まで延長した同選手の契約違約金は1500~2500万と見られており、この冬というよりは来夏以降での獲得になりそうだ。
http://www.marca.com/2013/01/03/futbol/equipos/atletico/1357198990.html



2013年1月2日水曜日

アルタニオーナーが、ラ・ロサレーダ購入を望む


マラガのオーナー、シェイク・アブドゥラ・アルタニは、ホームスタジアム“ラ・ロサレーダ”の所有権を手に入れたいと望んでいる。

ゼネラルディレクターのビセンテ・カサードが明らかにしたところでは、オーナーは、スタジアムをクラブ資産とすることで、今後、スペイン財務省や社会保険庁からの債務支払い要求にも、素早く対応できる基盤を作りたいと考えているという。

現在、同スタジアムの所有権は、アンダルシア自治州政府、マラガ地方議会、マラガ市議会の3者で均等(33.3%)に配分されており、各組織ともその権利売却の可能性を否定していない。

しかし、その売却額については、マラガが望むような安価な額ではなく、市場価格を反映させた額になる見込みだ。

なお、マラガは現在、同スタジアムを借用しているが、その借用額を全く支払っていない状態となっている。これは、フェルナンド・サンス前会長時代(20062010)に結ばれた賃貸協定が全く機能していないためで、新協定を結ぶための話し合いも止まったまま。

今後は、マラガが、政府・議会側をいかに説得するかに掛かっている。

http://www.mundodeportivo.com/20121231/malaga/malaga-jeque-la-rosaleda_54358747038.html